霊能者と霊の世界について

霊能者が魂をつなぐ神霊の異世界

霊能者がみる異界の解釈

電話占いの霊能者がコンタクトする、神霊界や宇宙界などの異界とはいったい何なのでしょうか。それは人により解釈が違う場合が多いように思います。良く知られているものは天国、地獄でしょう。四次元空間や、六道と言って、天人が住むと言われる天道、阿修羅が住み、常に戦っている修羅道、牛や馬の住む畜生道、常に飢えに苦しんでいる餓鬼が住むといわれる餓鬼道、そして罪を償う地獄道、そして、人間道、という考え方もあります。また、地方によっては山などの特定の場所を差す場合もありますし、また、妖怪など異形の者が住むと言われる場所という考え方もあります。また、霊界のように、死後の世界と同義で使う場合もあるのではないでしょうか。さらに、日本三大霊場の一つ、青森県の恐山付近の地域では、霊界イコール恐山という考えが成り立っています。つまり、人は死を迎えると恐山に行く、という考え方です。その土地の霊能者であるイタコは恐山に入る事により、死者の霊の口寄せ(死者の声を伝える)が出来るのです。

恐山のイタコの例を見ると、異界に人は出入りできるがコミュニケーションできるのは電話占いにいるような霊能者だけであるという構造となります。

古文書の語る霊能者、霊視

では文献や古文書により資料として残されているのでしょうか。電話占いのような霊能者がみる異界の存在性を確かめられる資料などはあるのでしょうか。日本最古の歴史書、「古事記」にその記述があります。古事記は西暦712年、太安万侶が稗田阿礼の口伝えを聞き、書物にあらわし、元明天皇に献上されたものと言われています。さて、電話占いのような霊能者がみる異界に関するその記述を要約すると以下のようになります。

イザナギノミコトとイザナミノミコトは協力して日本の国を作っていましたが、イザナミノミコトは火の神であるホノカグツチを生んだ時に火傷をして亡くなっていまいました。イザナギノミコトはもう一度イザナミノミコトに逢いたいと思い、死者の国である「黄泉の国」に行きイザナミノミコトと再会することが出来ましたが、黄泉の国の食べ物を口にしてしまったので帰れない、と言います。また、「見てはならない」と言われた場所を覗くとイザナミノミコトは大変醜い姿となっており、イザナギノミコトは逃げ帰りました。

このようなお話です。よく「よみがえった」などと言いますね。イザナギノミコトが黄泉の国から帰ったことが語源であるとされています。

では、この話を伝えたのは誰でしょうか。もちろん、黄泉の国から帰ることのできたイザナギノミコト以外にはいません。すると、イザナギノミコトは、既に黄泉の国の住人となっていたイザナミノミコトの言動を伝えたわけですから、文献で確認できる日本最古の霊能者なのかもしれません。黄泉の国での出来事はイザナギノミコトの霊視能力と言えます。古事記は元明天皇に献上される書物です。稗田阿礼は朝廷の舎人、太安万侶もまた朝廷の文官ですから、国家事業として「古事記」は編纂されたわけですから、いい加減な内容であるわけがなく、当時はその内容が一般的に信じられていたと解釈できます。ここで妙な共通点に気が付きます。

稗田阿礼はこの話を太安万侶に「聞かせた」わけです。また、恐山のイタコは「口寄せ」により死者の言葉を聞かせます。稗田阿礼はなぜ「書いて」太安万侶に伝えなかったのでしょうか。もしかすると電話占いのような霊能者の一種だったのかもしれません。ここで思い出すのは琵琶法師のお話です。「盲目の」琵琶法師は平家の怨霊相手に平家物語を語って聞かせます。その音色は「琵琶秘曲泣幽霊」と言われるほどで、幽霊も泣いたと伝えられています。琵琶法師とは「法師」ですから当然仏門の僧です。芸能の琵琶では無く、鎮魂、霊を慰めるのが本来の職業ですから、平家物語を語ることによって平家の怨霊を慰めたのですね。つまりいにしえの霊能者と言えます。平家の怨霊は琵琶法師の語りを「聞いて」泣いたわけです。イタコの語りを聞いて涙を浮かべる人とオーバーラップしていくようです。

通信の発展とともに霊能者や占い師の声は電話占いなどで聞く事ができます。スピリチュアリズムとは視覚より言葉や語りなど、耳で聞くことが一層電話占いのような霊能者の知る異界の言葉を自らの心に浸透させる方法なのではないかと思わざるを得ません。

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